世界の食トレンドと消費者が食に求める3つの役割に続いては、多様化する消費者ニーズに応えて世界に通用する食体験を提供するための3つのステップ「主体的な選択のための情報提供、コンテクストとしての食体験の提供、持続可能な食に向けた取り組みの実践」を紹介します。
多様化する消費者ニーズに応えるステップの二つ目は、「コンテクストとしての食体験の提供」です。これは第一部で紹介した消費者が食に求める役割の「コミュニティへの帰属」ニーズに応える取り組みです。
コンテクストとしての食体験の提供を実施している飲食店の事例にはどのようなものがあるでしょうか? 本記事では、代々木上原にあるレストラン sio の取り組みを紹介します。
sioとは
sio は素材の本質を見極めた美しい料理と、想像を超える斬新なコース構成を提供するモダンフレンチのレストランです。
2018年6月に代々木上原にオープンし、2020年からミシュランガイド東京で一つ星を4年連続で獲得しています。
シェフの鳥羽周作は「幸せの分母を増やす」をモットーに、sio の他にも全国にさまざまな業態のレストランを展開し、食品メーカーや外食企業とのコラボレーションも積極的に手がけています。
2022年3月に筆者も訪問してきましたので、本記事ではその日の様子を交えながらsioの体験設計を紹介します。
sio の顧客体験
二時間を、二年間に。
分厚く切られた焼き鮭の、綺麗に焼かれたパリパリの皮が印象的なsioの朝定食。
この朝食の仕掛け人である鳥羽シェフは、おいしい料理だけではなく、感動的な食体験を提供することを得意としています。
顧客体験(CX)の開発と支援を専門とする会社と手を組み、オンラインを活用しながら来店の前と後の体験を事前に設計し、料理を楽しむ二時間を二年間の体験に拡張しようとしています。
まずは来店前。
インスタで流れてくる厚切りの鮭と、投稿者の感動コメント。いち消費者としては食べに行く前にネタバレしている状態ですが、それも戦略のうちです。オンラインを活用して、お客様が来店する前から、情報を通して体験が設計されています。
続いて来店時。
ホスピタリティあふれるスタッフが出迎えてくれて、温かいお茶をいただきながら朝定食の解説が書かれた紙に目を通します。キッチンから漂うおいしそうな音と香りに包まれながら、朝定食に詰められたこだわりを理解することで期待値が高まります。
そして喫食時。
しばらくすると、出来立ての朝定食が目の前に運ばれてきました。
これこれっ!という感動に満たされながら、筆者もインスタ用に写真を撮ってから、おいしい朝定食をいただきました。
退店後も続く体験設計
sioの体験設計は、お店を出てからも続きます。
この日の夕方、筆者が空いた時間にインスタに写真を投稿したところ、すぐに今朝担当してくれたスタッフからお礼のメッセージとともに、sioのストーリーで投稿がシェアされました。
ほとんどのレストランは、食後のお客様をお店で見送ったら関係性は途切れます。一方でsioはオンラインをうまく活用しながら、来店後もつながりを維持して、お客様をお店のファンに変えていく工夫がなされていました。
「sioでは、お客さまに『おいしい』を超えた『感動』の体験を設計します。例えば、コース料理は、見るもの触れるもの感じるものすべてを通して、どのタイミングでどのような体験をするのが一番気持ちいいかを考え抜き、映画のように抑揚をつけて提供しています。
今まではレストラン時間の最大化に注力していましたが、レストランの外(レストランに来る前と食べた後)の体験も設計することで、お客様のレストラン体験をより最大化させられるのではないかと、これまでも考えてきました」
という鳥羽シェフの言葉がそのまま体現された、素晴らしい体験設計でした。
株式会社フードピクトでは、ガストロノミーツーリズムやインバウンド対応に取り組んでいる観光・宿泊・飲食事業者に向けて、より良い食体験を届けるための事例集を毎年刊行しています。
最新刊の事例集「Inclusive & Regenerative Gastronomy」は、2024年9月に書籍とPDFで販売予定です。書籍は資源保護のため初版100冊のみとなりますので、お早めにご予約・ご購入ください。なお2023年度の事例集「Expolore the Future of Food」は、引き続きPDF版をご利用いただけます(書籍は完売御礼)。
また本事例集に関する講演や寄稿のご依頼にも対応しています。講演内容の詳細やこれまでの実績は下記よりご覧いただけます。
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